金刀比羅神社

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金刀比羅神社の歴史

御由緒・歴史

当社は後醍醐天皇の御宇延元二年(1337年)十月
讃岐国の金刀比羅大神奉勧遷所されたという。第五代後奈良天皇 御宇弘治二十一年当社北方八丁余りの所に坂田城あり、千葉氏の族城主井田因幡守友胤が金刀比羅大神を信仰された起願書とす。その霊験により数度の数度の戦功有りてより、遂次崇敬者の数を増やし百十一代後西天皇の寛文年間に武射郡八田村二百余戸の住民相謀り本殿を再建した。

明治維新前の神仏習合時代は下総国成田山新勝寺の住職が管理兼任

明治維新前は下総国成田山新勝寺の住職三池照法氏八田村長福寺を管理し別当金刀比羅神社を兼務されていたが、明治三年二月大政官布告により人物混合廃止にて、神主の管理する事となりました。